プロの素人を目指して、デザインリサーチャーの役割

「はじめまして、デザインリサーチャーの浅野です。」という挨拶をするたびに、「デザインリサーチャーとは、何をする職業なのでしょうか。」という返事が来る。まだまだ日本には耳馴染みのない言葉であり、察しがいい人は「コンサルタント?ディレクター?」などと聞かれる場合もあるが、デザインや建築を職業とする人などからも同様の反応を得る。後述するがその答えは状況や工程によって変動するため、一言で回答するのはまだ難しいのだが、「モノやコトの起きる前からともに考える役割」だと伝える場合が多い。「モノやコトの起きる前からともに考える」ということは、もう少し説明を加えるとどういうことなのだろうか。

問う役割としてのデザインリサーチャー

ともに考える上で最も力を入れていること、それはクライアントに「問う」ことだ。職種を関係無く「問う」ことは業務の初期段階にほぼ置かれる工程だろう。一般的にこの工程でのインタビューやヒアリングでは、「何をするのか(WHAT)」を明確にする「要件定義」の準備段階と捉えれている。しかし、デザインリサーチャーにおける初期の「問う」段階では、「なぜ実行するのか(WHY)」という動機や目的といった文脈を明らかにすることに重きをおいている。
商品開発をしたいのはなぜか、まちづくりをしたいのはなぜか、ポスター・チラシをつくりたいのはなぜか。こうしたモノゴトの裏側にあるWHYは、クライアント(とそれを享受する人)が持つ文脈に依る。その文脈を蔑ろにした提案は、クライアントが提供するモノゴトを享受するユーザー、またその関係の裏に潜む利害関係者もまた不幸とさせてしまうかもしれない。

障害者福祉×伝統工芸における「なぜ」

例えばこんなケースがあった。障害を持った人が関われる伝統工芸の商品開発をしたいという相談。なぜと繰り返して問うていくと、福祉施設側は低い賃金の労働を受注することが多いことや働きがいを持って望む作業の受注をつくり出せていないことを課題として持っていた。つまり、ロットいくらという軽作業では作業量のばらつきが発生し、利用者のモチベーション維持やそのための準備などに多大な時間を割かなければいけないという事情があるのだ。そのため、伝統工工芸よる商品開発では能力に合わせた手仕事によって付加価値のある商品を開発していきたいということが見えてきた。
他方、制作支援を行う工場からは、商品開発のプロセスの中で後継者の獲得を目指したいという意見が出てきた。詳しく話を聞くと職人をひとり育て上げるコストと時間を捻出することが難しい生産体制が見えてくる。そのため、このプロジェクトでは、福祉施設の担当者と利用者を育てることで製造に寄与する人員を増やすことが目標のひとつに掲げられた。
「なぜか」と問い続けることで単なる商品開発ではなく、「手仕事による付加価値のある商品開発」と同時に「後継者育成の機会を生み出す商品開発」が共存していることが理解できるだろう。ここでの役割は商品のコンセプトやイメージを作り出すことではなく、問いを通して商品開発における理念や目的を「発見」することにある。
pnch.hatenablog.com
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「なぜ」から生まれたデザインを通したリサーチ

なぜを繰り返して得られた文脈の理解(発見)は、「予測=そうなるかも」と「洞察=そうなったらどうなるのか」の2種類で構成されている。前者のほうが可能性が高く実践的な発見で、後者のほうが可能性は低いが今までにない実験的な発見といえるかもしれない。障害者福祉×伝統工芸では、前者によるプロジェクト進行であったといえよう。それでは、後者の「そうなったらどうなるのか」というプロセスはどのようなものか。
丹後ちりめんなど和装生地の機織りを行う職人と行うYOSANO OPEN TEXTILE PROJECTは、和装を中心とした繊維産業が縮小する中で付加価値のある素材づくりが求められた。数回のフィールドワークやインタビュー調査の中で繊維産業特有の分業体制では、これまでのように1から10までの生産工程を継続していくことが難しくなっていくことが発見された。惜しみない手間と暇をかけていくうちに形式化された生産工程に対して問いを繰り返していく中で、「完成までの工程を戦略的に途中で辞めることで完成品となる素材の可能性」と「途中でやめることで完成した素材の展開可能性」が見えてきた。
ここでは製織したあとに実施される「精錬」作業をやめることでどのような価値が生まれるのか描くことにした。実際に精錬作業を行うと、繊維についたノリ(のようなもの)が落とされることで生地は縮み、厚みを増す。温度と液中pHを調整することで精錬がうまくできること、パターンによって縮み方に差異があることが見えてきた。そこで積極的に縮みやすい組織を考えようと職人に荒いパターンで製織してもらったり、生地が縮むことでユーザーがどのようにプロダクトをデザインすることができるのかを考えていった。
最終的には、組織をひっかくことでドレープを積極的に生み出したり、防縮することで形状記憶する素材の提案を行い、その素材を使った「ワンピースのようなもの」や「中敷きのようなもの」を一人のユーザーとして制作をした。1から6や1から8で完成したものをユーザー自身が10にするテキスタイルが受け入れられる社会では、縮むといった特徴を積極的に利用することでパーソナライズへの応用可能性が見出されたと言える。つまり、途中でやめる判断をした世界では、生産する消費者(プロシューマー)を巻き込みながら完成する素材として活用される、「洞察」=物語を描くことができた。
mtrl.net

プロの素人である子どもを目指して

2つの事例を通してクライアントにおける「なぜ」を問うデザインリサーチャーの役割について紹介をした。1つ目は文脈の理解から目的を「発見」すること、2つ目は「発見」された「洞察」から物語を描くことで課題と可能性を浮かび上がらせるものだ。両者のプロジェクトにおいても根底にある「なぜ」を問う役割とは、当事者が無意識の中に持つ概念を言語化することで他者と共有可能とすることにある。
子どもから「なんで子どもは生まれるの」という質問から数珠つなぎに質問を浴びせられることで生命の起源にまで話が及ぶように、デザインリサーチャーもまた「なぜ」を繰り返すことで本質的な文脈に触れようとする。また、得られた洞察から生まれたデザインによって描かれた物語に「なぜ」と問うことで課題と可能性の共有可能性を探っていく。
小さな疑問をひとつひとつ捉え、少しずつ編集し、カタチを与えていくことで共有可能なものを目指していくデザインリサーチャーという役割が目指すものは、まさに子どものように知らないことを恥も慢心もしない「プロの素人」だろう。

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