読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

学びたいこと:建築から見たデザイン経営工学

私は今、大学院入試を控えている。
 隠すつもりもないので記述しておきますが京都工芸繊維大学のデザイン経営専攻です。ちなみに現在、在籍しているのは同大学の造形工学課程です。デザイン経営(以下デザ経)と造形工学課程(以下造形)ともに建築も学べるし、デザインも学べます。大学受験の時にも思ったのですが、なぜ同じような学科が二つも存在しているのか。[大学の歴史の話なのでどうでもいい人は飛ばしてください。]実はこの二つ、元々は造形工学科と一つだったのですが1998年に内部分裂する形で造形工学からデザイン経営工学科が生まれました。両者の特徴は少し違います。ものすごく暴力的に分類すると造形はデザインよりでデザ経は経営よりであると言えるかもしれません。それは理念からもわかります。

 現代社会における「造形」は、単なる手作業や物理的な制作を超えて、人間の内面的感性や社会構造、生活環境に対するより深い理解をも必要とするようになっています。このような要請に応えるために、本学域・課程では、建築・デザイン・造形文化の分野を背景としつつ、全体として次のような三本の柱をもつカリキュラムを提供しています。すなわち1.芸術に対する感性の涵養と社会を見る広い人文社会科学の知識 2.生活環境を形成するデザイン理論とデザイン制作 3.建築史、都市の形成史までも踏まえた建築デザイン論、建築計画・設計、生活環境や構造に関する工学です。本学域・課程での教育は、上記の三本柱によって造形の歴史や理論を学ぶとともに、工学技術を演習し、作品制作の実践を通してその原理を総合的に身に付けることを目標としています。(造形工学課程

デザイン経営工学とは、われわれの生活環境を広い視野で捉えて、バランスの取れた生活環境をデザイン(構想立案)し、その実現プロセスをマネジメント(運営管理)していく技術です。従来型のデザイン専門領域ではなく、デザインとマネジメント(Design Engineering and Management)をキーワードとした学際的で異分野協調的な分野を専門とします。つまり、新しい時代のモノづくりに向けて、デザイン、マネジメント、エンジニアリング分野の協調的融合を目指す新分野です。(デザイン経営工学

 つまり、造形側はものづくり(=工学)に留まらない造形という行為により社会を良くしようという理念で、デザ経はものづくりという行為をマネジメントすることで社会を良くしていこうとおう理念だと私は思います。どちらの理念を見ても建築設計、建築家の立ち位置として考えた時に「あれ、それって当たり前のことでは?」と思われる方がいると思います。私もそうあって当然だろうと思います。それではなぜ、私はデザイン経営工学専攻進学を希望するのかを書きたいと思います。[以下本題]
 やはり、私が最も惹かれた部分というのは、理念でもある“デザイン、マネジメント、エンジニアリング分野の協調的融合”です。特に建築という文脈でのこの視点が求められていると感じていたためです。これを説明するために学部時代に学んでいたことについてお話します。私は三回生の後期から造形で佐々木厚司先生のもとでまちづくり、建築計画を学んでいます。ゼミではフィールドワークをメインに活動しています。工繊大は意匠設計、建築計画、建築史のどのコースに進んでも設計課題がある中で佐々木研究室の活動は大変珍しいと思います。他の友人同様にゼミ配属が決定する三年生前期まではずっと熱心に設計課題に取り組んでいましたので、配属直後はまちづくりという活動には戸惑いを隠せませんでした。なによりそれまで学んできた設計という行為を捨て、読んでいた建築史の本を捨て、文系の都市政策同様のことをやらなければならないと感じたからでした。ところが、その考えは次第に薄まっていきます。実際にまちの人の意見や都市で何が起きているのか調査を進めていくにつれて、図面を描いていた時にはわからなかった人の振る舞いや都市の状況など設計に関係する生の情報が分かってきたからです。そして、当然ですが、それらは建築的であって、それまで学んできた建築をより鮮明にしたり、新たな視点を与えてくれました。さらに、人々や都市の活動の裏で見えないように働いているシステムが見えてきたのです。学年が低いとはいえ、これまで真摯に設計課題に取り組み、建築で小世界を変えることを夢見ていた私にとっては青天の霹靂でした。
 それまでの私の持つ世界はとても小さく製図板程度でしたが、実際にフィールドワークで眼前に広がる景色は大きなものでした。そして調査に関わるにつれて、設計で解決したほうがよいモノとデザイン以外で解決した方がよいモノがあることがわかりました。後者の例をあげると商店街の活性化やまち自治体規模の都市整備です。そこでは場のマネジメントが行われていました。(これを場のデザインと呼ぶかもしれませんが設計によるものでないためにデザインではないとします。)ここで「まちづくりの成功とは」については記しませんが、まちづくりの活動の意義について記しておきます。まちづくりの活動は調査→分析→改善→調査→n回…→ の繰り返しです。すぐに結論が出ませんがその繰り返しによって都市論や政策に生かせるデータが生まれます。そしてその調査対象は主に人であり、人の行為であり、人が振る舞い場所=都市なのです。まちづくラー(まちづくりを行う人のこと)はその場に入り、場を盛り上げ・データの調査分析・研究、実務への応用を繰り返し行います。これはまさに先にデザイン経営工学の理念と一致するのではないでしょうか。現代社会の問題である不動産と建築、都市と生活の乖離はこういった多角的な視点やマネージメント力が薄いために起こりうるのではないかと私は感じました。
 そうしたまちづくりの多角的視点と状況を作るマネージメント力、解決への提案などの魅力に触れた中で不安な要素がどうしてもあります。それはまちづくりの不安定さです。都市は巨大なものです。そこに投資される金額や動く人員などはとても膨れ上がります。また、提案は行政を通して行うために腰が重く早急な解決には至りません。これをクリアするためにはどうしてもビジネスの力が必要であると思います。以前、社会実業家の本を読み、「大きな世界を相手どる場合、戦略も熱意もさることながらビジネスとしての成立も必要。そして、ビジネスモデルが確立した時にフォロワーが増え、全体として社会がよくなる」のだと感じました。そういった知識や活動は造形よりもデザ経の方が学ぶ機会が多いと感じたため私はデザ経専攻を受験する決意に至ったのです。
 とまぁ、建築学側からみたデザイン経営工学はおそらく自分たちの活動そのものだると捉えられるかもしれないが多角的な視点は確実にデザイン経営工学の方が持ち合わせており、さらにそれを社会(=ビジネス)と繋げる力も後者の方が強いように思います。そして、その力が強いほど影響力も強まるのは言うまでもありません。これまでの所謂巨匠たちは建築を多角的に捉え、影響力が強かったがために社会を変革してきましたが、多様化する社会において建築家単体でそこまでの影響力を持つことはとても大変になってきたでしょう。そうした社会変化の中で建築と都市を考えるために、私はあえてスペシャリスト(建築家)ではなく、ジェネラルな立場として多角的に物事をとらえ、本来建築家たちが有していた社会を良くするための力を行使したいと考えているのです。
 以上をもってなぜ私が大学院に進学し、何を学びたいと考えているのかを理解していただけたらと思いブログにつづらさせていただきました。長文にお付き合い頂きありがとうございます。