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多様性を取り込む装置としての冠婚葬祭

民族学的な視点から書かれた冠婚葬祭の書籍を読んでいて面白かったのは、江戸から明治にかけての日本人は7歳から88歳までが「人」で、それ以下もそれ以上も「人ならざるもの」という意識があったということ。人の形をした得体のしれないものの社会と人の社会との共存があり、七五三のように人ならざるものを人として迎え入れる儀式があったり、結婚式やトーカチ(米寿)に白無垢や白装束を身につけることで異なる社会を往来する文化があった。

神を祀る文化をベースに仏教が広く知れ渡り、人ならざるものに対する畏怖からホトケ様や先祖というある程度顔の見える偶像崇拝へとシフトする中で、葬儀がビジネスとして成立し始める。同様に、季節の祭事に合わせて設えられていた仏壇や魂棚、神棚が備え付けになり、形態が形式化し始め、宗教工芸が伝統工芸の一つとして隆盛する。そして、多産多死の村社会時代には皆で支える先祖供養の思いから栄えた産業も、小産多死の時代へシフトしていくなかで経済的、空間的に支えきることが難しくなり縮小していく。

現代では生と死が分断され、宗教観の低下や生活スタイルの変化が人の社会が人ならざるものの社会を隔てていく。人と人ならざるものの間に私を置き、先祖から子孫へと橋渡しをしていた多様な共生文化が、私を起点とする直接的で発散する関係しか描けなくなっているのかもしれない。これが幼稚園や保育園、障害者や高齢者福祉施設を住宅地に建てることを拒む一つの理由かもしれない。

冠婚葬祭と聞くと親族や近しい人々とのしがらみを想像してしまうが、むしろ、冠婚葬祭は多様性をとりこむ装置として機能し、閉鎖的になりがちな環境から抜け出すことに役立っていたといえるかもしれない。よけいなしがらみが見えやすく閉鎖的で短絡的になりがちな現代社会を生き抜くためにも、改めて、装置としての冠婚葬祭を見直し、再構築してく(=デザインする)ことが求められているように思える。