産地から見えるもの

有松の染工場に関わり始めて約2年、2016年は丹後ちりめんの機屋さんともお仕事させていただいています。どちらも和装文化が斜陽になり、次の展開を考えなければいけない時期になっています。特に課題なのが分業体制による生産エコシステムの崩壊が少子高齢化によって、加速していること。産地で現役に働く職人の平均年齢はどんどん上がり、ある仕事を任される職人がいなくなるとその技術とともに消えてしまう可能性があります。職人的な経験中心学習形式では、伝達と継承がなされる前に途絶えてしまうかもしれません。
職人の経験や知識をいかに外部化しリソース化することができるのか。これは日本酒の蔵元で、杜氏なしの日本酒として知られる獺祭の成功からも期待されています。伝統工芸における繊維産業においても、近代工場がすでに実践しているデータベースドなものづくり、やりとりする共通データの作成、アーカイブ参照と改変に取り掛かることは避けられません。
こうしたやりとりは分業のためではなく、共創のために必要なことです。これまで1から10までの生産工程を経た生産物を、1から6で止めることや、4〜10までやることで他者から新たな付加価値を得るかもしれません。さらには工程が減ったことで生産量や持続可能性が増える可能性もあります。従来の生産物が本当に正解なのか固定概念を取り払うことも必要です。
産地は産地「らしさ」に浸かりきっているため、「らしさ」を損なわないように、着物地からタオルへといった生産物の転用を考えがちです。そこには本来抱えている分業生産体制の危機や産地で育まれてきた付加価値は提示されていません。産地で毎日行われている「当たり前」をもう一度見つめ、5年後、10年後の仕組みはどのようになっているか、考える必要があります。同様に、デザイナーは持続可能な生産方法からどのようなデザインが考えられるのか。産地に立つ者、産地を見つめる者、どちらも視野を広く持つことが求められています。