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アブラゼミがうまいという「経験」と「記憶」

地元のように懐かしい場所での食事で、「あぁ、この味!この味!そういえばこの頃は…」となったことがあるだろう。食事がきっかけで当時を思い起こさせるには、身体的な経験と印象的な記憶がセットなのだ。経験がうまみを引き出し、記憶がスパイスとなるため、親友たちとの懐かしい場所での食事はよりうまく感じる。しかし、当時の記憶はあるけれど経験がなかったり、経験はあるはずだが記憶がなかったり、記憶とのギャップが大きかった場合はどうだろうか。頭上にクエスチョンマークが浮かび、それ以上の会話はさきのように躍動感のあるものではないかもしれない。それだけに「記憶」と「経験」は食事のうま味を引き出す要素なのだろう。僕にとっては、昆虫食がまさにこの2つを有する食事だ。

昨年、僕はDESIGNEAST 06 XO
DESIGNEAST 06 X0 [extra-ordinary]
にて、昆虫食のレクチャーと実食に参加した。2050年には地球1.5-2.0個分の食料*1が必要とされるなかで、昆虫を「食べる」のか「食べない」のかという判断を考えるというもの。ゲテモノ料理よろしく「れる・られる」という可能性の話ではない。食べないならばどのようにして食料自給率を高めるのか、食べるならばどのように現在の社会に昆虫食を実装するのかという判断について議論が行われた。レクチャラーであり、社会への実装を考えている山口大学農学部井内良仁准教授のお話はとても興味深いものだった。前半の話を聞いたうえで、学生が素揚げに調理してくれた〈アブラゼミ・バッタ・コオロギ〉の3種類の昆虫を食べることになった。この中ではアブラゼミが最もおいしく、素揚げにされたことでさくさくとした触感と香ばしい香りが食欲を誘う。エビの素揚げのような味がしたことから、特にビールに絶対合うだろうと。1つ、2つと食べてるうちに僕は昆虫が食卓に並ぶ未来はそう遠くないと考えていた。そのためにもまず、来年は実際に自分でセミを捕まえ、調理し、食べてみようと決意したのだった。

あっという間に時が経ち、2016年の夏。僕はPOKEMON GOプレイヤーでごった返す緑地公園に友人の分も合わせて2人分の虫かごと網を抱えて待っていた。誰もがスマホを持ちながら道を歩いている中、我々だけが桜の木の間を縫うように歩いている。小学生だった自分はどのようにセミを捕まえていたのかを思い出しながら、去年食べていたセミの味を思い出しながら。セミの鳴き声すら美味しそうに感じてきた。
2時間もすると虫かごには20匹を超えるアブラゼミが入っていた。井内准教授に聞いていたように、事務所に戻ると虫カゴに入れたまま冷凍庫にしまい、調理の準備をすすめる。残念なことにクックパッドを見てもセミ料理のメニューはほとんど載っていない(この時はおそらく1つだけ)。素揚げだけでは少し寂しいので、エビ料理からエビチリ(セミチリ)とエビマヨ(セミマヨ)をチョイス。冷凍庫で死んでしまっているセミたちを取り出し、3分ほどお湯で煮る。湯を切り、頭から真っ二つに切る、切る、切る。全て切り終わったら熱したサラダ油の中へ投入し、カラッと揚げる。セミは思ったよりも焦げやすいので注意。塩コショウを降ればそのまま食べられる。秋口を迎えているため、小ぶりのアブラゼミは見があまり詰まっていなかったがサクサクとしていてやはりうまい。料理をしながら皆、ビールが進む。揚げる前はジャガイモやアスパラガスを茹でた匂いがしていたが、揚げてしまえば本当に香ばしい。レモン汁も合う。
続いて、のこったセミに片栗をまぶして炒めるように揚げる。いくつかはケチャップ+マヨネーズの入ったボールへ投入し、いくつかはそのまま鍋に残してチリソースと和える。揚げが甘かったのかわからないがチリソースと合わさったセミは少し硬かった。赤白い衣をまとったセミマヨはみためも華やかで、味もまろやかになりとても美味しかった。素揚げはどうしても虫感が強くなってしまうので、見た目に抵抗がある人にはおすすめしたい。

6人でセミを含めた食事が乗った食卓を囲み、昆虫食や生物多様性、環境問題などさまざまな話をしていた。ほとんどが美味しさに驚いていたが、もちろん抵抗があるメンバーもいた。それが現状なのだろう。昆虫食が当たり前となった社会における「経験」と「記憶」がうまみに結びつくまでにはもう少し掛かるだろう。その時までに僕たちデザイナーはどのような提案ができるだろうか。
実際に、2010年代はヨーロッパのデザイン学校を中心に、昆虫食のパッケージレベルからキッチンツールのデザインまで様々な提案がなされている。RCAの学生(当時)が掲げた昆虫食実装までのビジョンはとても示唆的だ。昆虫食をイベントなどで販売すること、専門のレストランで定常的に販売すること、ランチボックスなど手軽に販売されること、簡単に調理できるレディメイド食品として販売されること、パッケージされた昆虫のブランドが販売されること、そして最後に生きた昆虫が販売されることというものだ。その時に必要なパッケージなどの提案がとても良く出来ているので、詳しくは次の映像を見て欲しい。
vimeo.com

普段は口にしない昆虫を食べることで僕たちが普段口にしている食事の「経験」について考えるきっかけとなった。やはり肉と魚のような生物を食べるときとは全く異なる決意のようなものが必要で、口にしてうまいという「記憶」に結びつくまでのハードルが高い。しかし、見た目や調理方法、機能性などが明らかになることでその慣習は、生魚に抵抗あるヨーロッパで受け入れられた寿司のようにガラッと変わるだろう。昆虫食における「記憶」と「経験」をどのようにデザインすることができるのか考える大事な時間となった。


昆虫食画像は次から。


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セミチリ
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セミの素揚げ
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捕まえてるところ

*1:出展:日本のエコロジカル・フットプリント 2012 http://www.footprintnetwork.org/images/article_uploads/Japan_Ecological_Footprint_2012_Jap.pdf