文化人類学者・小川さやかさんから学ぶリサーチとの向き合い方

昨日は、MTRL KYOTOでリサーチ勉強会『不確実さと対峙するためのツールボックス 第1回 「境界線の創造力」』で文化人類学者 小川さやかさんのレクチャー拝聴してきました。アフリカ・タンザニアで「その日暮らしの露天商」を対象とした研究をされていた小川さんの書籍を読んでいたこともあり、文化人類学を援用する歴史を持つデザインリサーチを実践する身としてとても楽しみにしていました。ずる賢くもあり、茶目っ気もある狡猾さ(ウジャンジャ)の話がそれとしてめちゃくちゃ面白いのは言うまでもなく、フィールドワークへ出る際の下準備や調査シミュレーション、モードの切り替えなど、得るものがたくさんありました。


文化人類学が切り取るオルタナティブでもありどこか身近な社会
文化人類学のように長期間フィールドへ滞在する事で見えてくる顕在化されていない社会の片鱗は、身体にこびりついた私たちの社会常識を削ぎ落とし、改めて人間とは何なのかを考えるきっかけを与えてくれる学問であると改めて再認識しました。タンザニアの事例のように生きる術と生きる糧を身に付けた露天商がずる賢く人を騙したり、そっと誰かを助けてあげる優しさは、どこか非日常的な人情劇のようでもありますが、私たちの生活でも経験したことがあるような気もします。日本において、最新のテクノロジーやサービスを利用して生活している私たちではありますが、遠いアフリカの話からSNSクラウドファンディングを思い浮かべてしまうような事例も。


創造行為もまた対象とするデザインリサーチ
研究の内容や実践をとても興味深く拝聴した一方で、デザインリサーチとは少し異なる視点があることもわかりました。1年以上フィールドワークへ出る研究に対して、クライアントワークで3ヶ月以上のデザインリサーチは、金銭的・納期的な理由で理解が得られることはあまりないのが実情です。プロジェクトについて話をすると、「3ヶ月もリサーチにかかるんですか?」と言われることもしばしば。フィールドノートの作成、映像や音声を分析、後から追いかけようとすると作業時間が倍々に増えてしまいます。また、仮に1年以上フィールドへ赴き、新たな新規事業創出をしたとしても事業の成功が確約されているわけではないため、クライアントが長時間のリサーチを不安がる気持ちもわかります。その際に、デザインリサーチでは、短期間のフィールドリサーチで得られた洞察を言語化し、プロトタイピングを通じてすぐに検証していきます。この繰り返しにより、実社会とのコンフリクトを少しでも早く理解し、より効果的なあり方。省察的にリサーチしていきます。このように、デザインとリサーチを切り分けて考えるのではなく、「デザインを通したリサーチ」を行い、デザイン自体もまたリサーチの対象としてフィードバックを得ていくこと。フィールドワーク→プロトタイピング→フィードバック→ワークショップ…と繰り返し、課題と可能性を実証・改善していくデザインスプリントリーンスタートアップなどの手法を用いていくことが、デザインリサーチと文化人類学との異なる点だと考えられるかもしれません。


オルタナティブな社会を描くための日常的な思考の必要性
デザインリサーチにおいて、現実の社会を切り取るだけでなく、試作的なビジョンも描くことが求められるため、オルタナティブな価値観に躊躇なく踏み込む姿勢も大切です。小川さんはのレクチャーでは、日常でふと疑問に思う小さな事象を記録してみたり、自分も実践してみたりする研究者の立場で『実践 日々のアナキズム――世界に抗う土着の秩序の作り方(岩波書店)』を参照しながら、誰もが来るオルタナティブな社会に臨む姿勢を培う「アナキスト準備体操」が大切なのだと話されていました。 不確実な社会を省察し、未来のビジョンを掲げ、より具体的なシナリオを描き、さらにそれをまずは実践してみる。そして、それらを全て省みる。リサーチャーとしての視点と当事者としての視点など、複数の人格を使い分けながら、オルタナティブな社会を記録していく文化人類学者という職能はなんて挑戦的なことでしょうか。 ベテランの文化人類学者がいつまでも他者としてフィールドへ出向くように、デザインリサーチャーもまた経験や勘をかなぐり捨てて毎回初めての時のように臨む姿勢は大切だろうと再認識しました。その上で、私たちデザインリサーチャーがプロジェクトのたびに培ってきた勘や経験を表出していくこともまたとても重要な事ですね。

次回は全盲文化人類学者!?のレクチャーを検討しているようなので、今後の展開がとても楽しみです。

都市を生きぬくための狡知―タンザニアの零細商人マチンガの民族誌―

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