新規事業開発って難しい?インサイトを広げるマトリクス・マンダラートの使い方

こんにちは、デザインリサーチャーの浅野です。

インタビュー調査などをもとにした「新しい事業のアイデアを考えて欲しい」って言われた時、みなさんはどうしていますか。

僕自身は企業にいないのでこんなダイレクトな質問をされることはほとんどないのですが、「新しい事業を始めるにあたって、(デザインリサーチを通じて)ブランディングやマネジメントをお願いしたい」なんていう相談を受けることがあります。一番最初の打ち合わせでは、「なぜ新しい事業を行うのですか?」「新しい事業を通じてどんな社会にしていきたいと考えているのですか?」と逆質問をすることから始めていますが、即答できる人たちはあまり多くありません。

よくある回答は経営的な焦りから来る判断で、簡易なマーケティングによる経営者の直感によるところが多いのではないかと思います。それが悪いわけではありませんが、事業に従事者のモチベーションやプライドの維持、実際に利用するユーザーのリピート率を考えると少し論拠としては乏しいなと思います。そのためにもさまざまな調査分析やアイデア創発を通じて、企業が持つ価値観を見える化し、どのようなビジョンを策定することが社会的に受け入られるのかを考えるデザインリサーチの実施をご提案しています。

こうした新規事業開発の流れは、日本の閉塞感に対して「なにか新しいことを始めなければいけない」と危機感を感じているオトナたちによって今まさに取り組まれているようで、スタートアップの支援や企業内起業家育成に力を入れているところが増えているように感じています。しかし、これまで多くの企業は自社が持つシーズをもとに事業運営を行ってきたこともあり、新しいビジョンを掲げて事業の次なる展開考えることは一般的に難しいと捉えられているのかもしれません。実際に、デザイン思考をベースにしたデザインファームを吸収した経営コンサルタントへの発注や新規事業開発を行える社員の育成に力を入れる企業が増えていると耳にすることが増えてきましたね。

最近では顧客視点というキーワードがビジネス誌でも頻出となっているためか、デザイン思考の初期段階であるユーザーニーズの「探索」をもとにした「洞察」を手に入れようと、「インタビューや観察調査を学ばなきゃ!」という人もいるのではないでしょうか。比較的に調査手法はネットで検索することができても、調査結果をどのように分析し、アイデアの種にまで持っていくのだろうか。また、得られた洞察がどうも凡庸な結果になっている気がするとお悩の人もいるのではないでしょうか。その時点で「調査設計が間違っているんじゃないか」と疑ってしまいそうですが、追加調査やワークショップが可能ならば洞察の幅を拡げ、再度トライすることが良いと思います。前置きが長くなってしまいましたが、その時に使うことができるかもしれないのが「マトリクス・マンダラート」です。

発想法マンダラートとは
デザイナーである今泉浩晃氏によって1987年に開発されたこの発想法は、9x9マスの中心に主となるキーワードを置き、関連するキーワードで周辺を埋めることで思考を外部化する手法です。主尊を中心に諸仏諸尊の集会(しゅうえ)する楼閣を模式的に示した密教曼荼羅〈マンダラ〉図像に着想を得たこの発送手法は、9x9の関連キーワードそれぞれを次の主たるキーワードとして扱い、さらに関連キーワードを書き出していくことで思考を構造化することを目指しています。しかし、無制約に広げる個の発想方法の欠点は、無作為に抽出したキーワードを並べて出来上がったマンダラートを、再びある指標に沿って構造化することが難しいということが挙げられます。そのため最近では、「なぜ」「どうやって」「なにを」を最初から分類して思考を構造化するロジックツリーを使っているという人が多いかもしれませんね。

マンダラートにマトリクスを持ち込んでみる
漠然と広がっていく発散的な思考法ではなく、具体的な洞察の幅を広げていくような時、指標的な発想方法としてよく知られるマトリクスをマンダラートに導入する「マトリクス・マンダラート」をおすすめします。この手法は調査のn数が少ない時や洞察があまりにも現実的な場合に効力を発揮してくれると思います。
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  1. まずはマンダラートと同じく、主たる洞察を中心に置きます。
  2. 洞察や目的を考慮しながら、x軸とy軸の指標を設定します。
  3. x軸とy軸線上にあるマスを埋めていきます。
  4. 最後に斜め方向にあるマスを埋めます。
  5. 得られたマスをもとにさらにマンダラートを作成してみて下さい。

注意すべきは指標の設定です。マトリクスは強力な力を持ってしまうため、指標に寄ってはあまりにも現実離れした結果が出るかもしれませんし、代わり映えしないキーワードしか出ないかもしれません。こればかりは慣れが必要です。違うキーワードで何度か試してみたり、複数人で指標を考えてみるのも良いかもしれません。ただし、絶対に「結果ありき」で指標を選ぶことはやめて下さいね。

伝統工芸のファン拡大をもとにマトリクス・マンダラートを作成したら
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〈人口(拡大縮小)/素材(新規既存)〉を指標につくってみた場合。時間がかかるので今回は9x9マスのみ。伝統工芸の体験ではファンの獲得拡大が課題のひとつとして挙げられています。そこで、将来のファン層である「人口」と、提供できる「素材」を軸に考えてみます。

  1. 人口軸 - 日本がこのまま少子高齢化で人口が減ると少ないファンを大切にする必要があり、移民・インバウンドや出生率向上で人口が増えると講師を育成する必要があるかもしれません。
  2. 素材軸 - 従来の素材を使用し続けるためには、小さなものから大きなものまでサイズを変えた体験を提供することでファンを拡大維持できるかもしれませんが、素材が増えるとその分新たな素材別の体験方法を考える必要が出てくるかも。
  3. 人口×素材 - 人も素材も増えたらその体験を支える新たなプラットフォームサービスが求めらかもしれませんが、人も素材も少なくなると体験の機会自体も見直すとが求められるかも。また、人が増えても素材が少なければ環境を考慮した持続可能な体験設計が必要となり、人が少なくて素材が増えれば長く楽しめるけど技術は散漫となりがちな体験に向き合う必要がありそう。

みたいな感じです。少しとっつきやすくなったでしょうか。

それでも大切なのはきちんと観て考えること
現実的な洞察に軸を与えることでぐっと洞察の幅が広がり、パラレルなシナリオから再び新しい発想を得ることができるかもしれませんね。この洞察はすごく凡庸なおのをあえて選びましたが、本来ならばもっと注意深く、思索的な洞察から始めるとさらに良い結果となります。そのためにも調査分析と洞察を怠らず、観察眼を常日頃から鍛えておくことが必要です。あくまでもこうした発想法は凡庸な結果を緊急回避するためであると考えておいて下さい。それでは、よいデザインリサーチライフを。