(1)デザインリサーチャーという働き方がわかる書籍

デザインリサーチャー、デザインリサーチと耳慣れない言葉。「デザイン+リサーチ=デザインリサーチなんでしょ。」と思っている方やデザインや建築を学んでいるけどデザインの根拠を探すことに迷いがある方、また逆にマーケティングや教育を学びつつデザインの可能性に興味を持っている方。そんな方々にデザインリサーチ、デザインリサーチャーのイメージがある程度つかめられる、日本語の書籍を紹介します。今回の入門編となる第1回はデザインリサーチャーの働き方や意義がわかる書籍を紹介。 

 

サイレント・ニーズ――ありふれた日常に潜む巨大なビジネスチャンスを探る

サイレント・ニーズ――ありふれた日常に潜む巨大なビジネスチャンスを探る

 

 

国際的なデザインファームのデザインリサーチャーによる1冊。大きな枠組みから技法までこの1冊で掴むことができます。事例もあるので読みやすく、巻末の「デザインリサーチの8原則」は、片隅に置いておいて損はありません。 

 

デザイン思考が世界を変える (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

デザイン思考が世界を変える (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

同じくデザインファームIDEOが提唱したことで大きく話題となった「デザイン思考」を理解する1冊。観察調査をベースとしたリサーチがデザインの標準となったのも彼らの功績が非常に大きい。対象となるユーザーに徹底的な観察調査を行うIDEOがその方法を獲得した背景が理解できます。

 

リバース・イノベーション

リバース・イノベーション

 

 

先進国で開発され、コモディティ化された製品が途上国に行き渡る。といった、トップダウン的なデザインではなく、途上国だからこそ生まれたユニークな製品を発展させて先進国へ逆輸入させるリバースイノベーション。今では当たり前な無線マウス開発には、途上国でのリサーチがなければ生まれなかった可能性があるなど驚きの内容。

 

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある

 

 

なぜデザインが必要なのか――世界を変えるイノベーションの最前線

なぜデザインが必要なのか――世界を変えるイノベーションの最前線

 

 最後の2冊はまとめて紹介。今では当たり前に聞くようになってきたソーシャルデザイン、コミュニティデザインはここから生まれた。途上国の課題を先進国で発想する方法は先述の通り、コスト的、教育的、技術的な理由なら持続的ではないケースが多かった。そこで、途上国の課題を途上国で見つけ、途上国の人と解決方法を探り、途上国でその手立てを実装するプロジェクトを紹介する。

なぜデザインリサーチなのか 

さて、今回紹介した5冊は現在進行形で発展するデザインリサーチのこれまでを理解する手がかりとなるでしょう。読み進めるうちに似たような概念や方法論、思想があることに困惑するかもしれませんが、まずは気にせず全体像の把握をすることが大切です。「なぜデザインリサーチが生まれたのか」を理解した上で、方法論や学術的な位置付けを追うことが大切です。読み進めながら、「なぜデザイナーでなく、デザインリサーチャーと固有名詞を持つのか。」考えながら読むことをおすすめします。

デザインリサーチャーとして働きたいあなたへ

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AXISでデザインリサーチが特集された2000年のvol.88、そして、アドバンスト・デザインリサーチととして元RCAのアンソニー・ダンが特集された2009年のvol.142が発行されてから、すでに15年以上の月日が流れています。まだ「デザインリサーチ」という活動や「デザインリサーチャー」という職業が日本一般化しているとは言えず、2016年の今でも「新しい働き方」として、僕自身声をかけられることがあります。しかし、私もフリーランスのデザインリサーチャー、サービスデザイナーとして活動し始めてそろそろ3年目を控えているのですが、情報を編集し、新たに構成し直す設計者としてのデザインリサーチャーに少しばかり感心が集まってきていると感じます。大変光栄なことに講師としてお声がけされることやデザインリサーチャーとして働くにはどうしたら良いのかと質問を受けることがあります。デザインリサーチャーとしてすでにご活動されている方々には恐縮ですが、私の知る限り、デザインリサーチャーとして働く企業や環境がどういったところにあるのかご紹介いたします。

まず、「デザインリサーチャー」として働くか、「デザインリサーチャー的に」働くかという観点で分けて考えてみます。前者はきちんと「デザインリサーチャー」を募集し、あるいは名乗りを上げて働く方法でありますが、後者はそうではありません。研究職や企画、あるいはデザインなどの所属として「らしい」働き方をすることです。日本では後者のほうが圧倒的に多いことを先に触れたうえで、まずは「デザインリサーチャー」として働く方法を紹介します。

デザインリサーチャーとして働く

デザインリサーチャーとして働く殆どの場合、組織の一員としてプロジェクトに関わります。さまざまな背景を持つ参加者らとともにひとつのゴールに向かって活動する、その前提となるデザインリサーチを行うことに責任が発生します。リサーチが元になり、各工程でのフィードバックを得ることで共創(co-design)に繋がり、プロジェクトに、これまでにない洞察を持ち込む重要なポジションといえるでしょう。さて、そのようなデザインリサーチャーとしての働き方は、下記のようなものが挙げられます。

1)国内のデザインファームでデザインリサーチャーとして働く
あまり知られていないかもしれませんが、日本でもデザインリサーチャーを募集している企業は存在します。例えば、先日はGKデザインがデザインリサーチャーを募集していましたし、takramでもデザインリサーチを行うサービスデザイナーを募集しています。また、古くから国内でデザインリサーチを実践しているトリニティ株式会社などもあります。いずれも狭き門ではありますが、数少ない国内企業でのインハウス・デザインリサーチャーです。ほとんど事業内容はわかりませんので、学生はインターンなどで内部に入り、その実態を見定める必要があります。国内外の企業から業務委託を受けているケースが多く、それに合わせてリサーチャーやデザイナーなどとチームを組んだ活動をするのではないでしょうか。

2)外資系デザインファームでデザインリサーチャーとして働く
日本国外の支店で働く場合(でなくても)、英語で流暢なコミュニケーションできる能力がほぼ確実に求められます。外資系デザインファームで日本に支店をおいている例では、IDEO TOKYOなどが挙げられます。また、プロジェクトごとに上海などの支店が日本国内でデザインリサーチをする際に、新たにメンバーを募集するケースも有ります。外資系デザインコンサルタント会社では、frogflamingo、などがありますが、メーカーの研究所では、マイクロソフトリサーチノキアリサーチセンターもかつてデザインリサーチを牽引した組織として知られています。

3)デザインリサーチャーとして名乗りを上げて働く
デザインリサーチャーは士業ではありません。デザインリサーチという分野になにがしか関わり、質的調査とデザインに従事していた人はフリーランス、あるいは企業することでデザインリサーチャーとして働くことができます。大学院修了後、すぐに個人事業主として活動を始めた僕はこのケースです。ただし、キャリアも人的ネットワークもなければ、仕事を獲得することはできません。その一方で、クライアントに左右されない独自のプロジェクトを行うことができるのが魅力でしょうか。

デザインリサーチャー的に働く

4)経営コンサルタントで「デザインリサーチャー的に」働く
5)ITコンサルタントで「デザインリサーチャー的に」働く
6)広告代理店で「デザインリサーチャー的に」働く
あるいは○○総研のような研究所で「デザインリサーチャー的に」働くこともこのケースに含まれるでしょうか。強みである要素、戦略コンサルであれば事業戦略計画の一環で、マーケティングリサーチに加えて現場調査や事業計画を考えることを行うでしょう。また、ITコンサルであればユーザーリサーチやインタラクションに関するリサーチを、広告代理店では、ブランディングの一環でデザインリサーチャー的にブランディング事業に従事することです。いずれのケースでも質的/量的な調査を行い企画立案するところまで行うでしょうが、試作することや実際に落としこむところまで責任を持ってやることは稀だそうです。自分たちでデザインはやらない、やれない。その代わり、デザインパートナーに外注し、リスクと責任をきちんと管理している点がデザインリサーチャーとしての違いでしょうか。

7)アカデミックポストで「デザインリサーチャー的に」働く
大学の先生として学生を率いて、質的な調査やデザインを実践的な教育の中で行う人たちです。芸術博士だけでなく、工学博士のひとも含まれ、切り口はデザイン・デザインマネジメント、教育、社会科学、文化人類学などさまざまです。デザインリサーチに焦点を当て、道具の開発や理論の研究を行う方もいますし、プロジェクトの省察からデザインリサーチ手法やデザインが社会とどのような関係を育んでいるのか研究します。ある意味では最もピュアなデザインリサーチャーなのかもしれませんが、研究職としての本業があるので、あえて「デザインリサーチャー的に」働く分類としています。

どのようなポストで働くのか

これまで紹介した働き方は、2016年3月現在のポジションです。僕が留学をしていた北欧では、友人がデザインリサーチャー/サービスデザイナーとして、社会福祉やその他の行政サービスのデザインに関わっています。これまでの製品開発ではカバーしきれていない行政サービスを開発するにあたり、今までにない洞察や知見をもたらすポジションとしてデザインリサーチを行っているそうです。また、サービスデザインを主たる業務とするデザインコンサルタント企業もこうした取り組みを始めています。もしかしたら近い将来、行政の中で分けられた部局に横ぐしをさす存在としてデザインリサーチャーが活躍する日も遠くないのかもしれません。

ざっくりとした内容ではありますが、デザインリサーチャー、あるいは、デザインリサーチャー的なポジションで働くことを目指す人々に少しでもヒントとなれば幸いです。

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Research for Designers: A Guide to Methods and Practice

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TOKONAME HUB TALK vol.4 トコナメ建築話 を振り返り

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2016年3月18日、会場は普段ギャラリー・カフェとして運営されている『TSUNE ZUNE』で開催されTOKONAME HUB TALK vol.4 トコナメ建築話に参加してきた。ゲストは普段関西を拠点に活動する3組の建築家、木村松本建築設計事務所の木村吉成さん、田所克庸建築設計事務所の田所克庸さん、そしてmasakikatoの加藤正基さん。3人の共通点は常滑の魅力にはまっていること。その魅力とは何かが今回のテーマだと思いました。

僕は仕事が押してしまい、着いた頃には木村さんのお話が終わってしまっていました。田所さんは、玉ねぎを干す農作業小屋から話が始まる。この小屋は、普段は農具をしまうスカスカの掘建小屋として立ち、収穫して玉ねぎを保存するときには、束になった玉ねぎがかけられて壁が現れる。風土や地域性が現れたこの小屋は、季節の移ろいのなかで何気ない日常の風景を変えていく。田所さんが設計された建築は、何気ない日常の変化、現れたり消えたりすることをそっと支えるようだった。続いて、加藤さんからは木村さんと加藤さんによる共同設計に加え、大工の伊藤智寿さんとの共同施工をしたプロジェクトを紹介。住まい手が決まっておらず、集合住宅一室のリノベーションが行われたこのプロジェクトでは、設計者と施工者の対話を通したデザイン、または、思考がドライブしていく瞬間について触れられた。次に紹介された、長屋を改装した『Gの別邸』では、田所さんを設計者に、施工者にアトリエカフエの安川雄基さんを加え、より複雑な対話が起きていたことを想像させる。しかし、誰かのささいな一言が誰かの頭に残り、誰かの設計図や施工の現場に反映されていく不思議なやりとりが起きていたという。そして、このやりとりの方が図面を介した設計施工よりもずっとスムーズで、ずっとやりやすかったというのだ。その背景には、常滑で製造されたレンガを素材として使用して空間を構成していることで、最低限のモジュールか共通事項としてあったからなのかもしれない。建築と関わる最小限の要素である玉ねぎがのちにレンガとなり、質疑応答で議論は進展していく。

進行を務めていた水野太史さんや谷村仰仕さんからは、「建築と自由さ」という表現で設計者同士や施工者と設計者同士のやりとりを説明していた。共同設計で建築家たちのエゴを薄めて調和させるのではなく、「常滑のレンガ」という共通の言語を手に入れたことで一つの集合体(Collectiveness)として活動し得たのだろうか。ブラックボックスと化した住宅は、住まい手や暮らし手の想像力(創造力)を奪い、ある限られた関係の中でしか暮らすことのできない「不自由な」生活を強いられている。そのときにほぼ誰でも自由に使うことのできる素材としての「レンガ」は、設計者と施工者だけではなく、のちにそこで暮らす人々とも対等な関係となるかもしれないと木村さんはお話しされていた。常滑のまちを歩けばすぐに土管や陶器で作られたものが援用された基礎や建築に出くわすことがある。これこそがゲストがこの町から感じる魅力で、私たちがいつの間にか強いられている不自由さから脱するきっかけなのかもしれない。しかし、レンガはまだ建築の不自由さに気がつかせるきっかけにすぎない。ある種、オープンソースのようなレンガを用いた設計を通して、専門性がどこにあるのか今後も議論を行う余地がありそうだ。

伝統工芸に対するオープンデザインの試み

日本中に多々ある伝統工芸のいくつかは藩の政策に関連して発生している。有松では山賊による被害が膨らみ始めた頃、松丘だった地帯を切り開き、人を住まわせたことに起因している。農作物をつくれず、宿場町の鳴海があるた宿としても繁盛せず、お土産をほそぼそと製作販売しながら生計を立てていたのが初代竹田嘉兵衛だ。知多や伊勢といった綿の産地で、織られた生地を使った反物や手ぬぐいなどを販売していたところ、たまたま大分のくくり絞りと出会い、現在に続く多様な模様と繊細な絞り柄で人々を魅了してきたという。

江戸時代に土産品として人気を博した有松絞りに目をつけた尾張藩は、外部に職人や知識が出ないように有松鳴海に縛りつけた。廃藩置県後、藩主による統制から問屋による管理体制が変わり、分業体制の有松絞の全容を知るものはどんどん少なくなっていったと言う。そのため、内職の一種として考えられていたくくりの職人は、問屋と職人の内部関係で完結し、外部のクリエイターや問屋とのつながりは持たなくなった。そのため、特異な技法や繊細な技術を持つ職人は重宝されて、匿われ、大元の問屋や問屋で働く人物がいなくなると人知れず消えていく技術があったそうだ。

例えば、夫婦が1組で丸太に巻きつけた生地をグルグルとくくり、片方に寄せて染色をすると嵐のような空模様が出来上がる「嵐絞り」は、夫婦がいなくなってからしばらく途絶えていたが、出来上がりと元来の道具をもとに復元した現代機械によって、現在は製作されている。つまり、クローズドの環境の中で培われた技術は流出もしない代わりに、他者への継承や発展がされにくい。一方でオープンな環境でのものづくりは、パクリや技術・人間の流出につながり、クローズドな環境のデメリットとも比較しても受けいられるものではなかった。そのため、閉じた世界の中で保護されてきたものづくりは「伝統」という冠をつけ、さらに閉じた世界に引きこもりつつある。技術力を武器にOEMで成功した企業はいくつかあるだろうが、自滅していく企業も少なくはない。その背景には、職人の高齢化や後継者不足、昔ながらの商習慣と低賃金、固定化された魅力のない商品開発などが挙げられる。クローズドな環境でありながらも好景気の中で新たな技術や後継者を寛容に取り込んできた時代には新たな革新が生まれてきたが、現代では停滞した環境の中では新たに吹き込む風が発生していない。

こうした停滞したコミュニティにおける外発的なイノベーションに関する研究において、さまざまな事例が見受けられる。例えば、『クリエイティブ資本論』では、外部環境を積極的に受け入れられるエリアが活性化することや、プログラミングコミュニティによってプログラムが書き換えられ、派生し、統合して現在もまだ開発がなされるLinuxのようなOSなどが挙げられる。さらに、市民レベルで活用可能な情報機器や工作機械を備え付けられた工房fablabでは、今もまさに誰かのものづくりが誰かによって更新されたり、国境を超えたコラボレーションが進められている。誰もが魅了されるスーパーデザイナーではなく、多種多様なニーズが反映される共創には、他者がこのデザインプロセスの俎上に乗る仕組みが必要だ。それはダウンロードや改変可能なデータであったり、アイデアソンだったり、異業種コラボレーションかもしれない。

こうした他者を寛容に受け入れられるオープンなデザイン工程において、共通の言語や記号を持つことが大切だ。そのためには、他者を招いてたくさんのアイデアやスケッチを生み出す、発散させるアイデア・ワークショップがある。逆に、具体的なアウトプットや技法を限定して行われるものづくりワークショップを通してピンポイントに共有する方法もあるが、前提を整理することができなければご破算することが目に見えているだろう。どうやって参加者らで共有できる記号や体験を引き出すことができるのか、そこから生まれてくる具体的な人工物は何か、それをどのように製造販売することができるのか。それぞれの段階で多様な価値観の投入と情報の整理が必要とされ、それに具体的な形を与える技能が求められる。つまり、伝統工芸におけるオープンデザインの試みとは、停滞した資源を再活性化し、結びつけられていなかった価値観と結合させることにある。そのために、これまで閉ざされていた重い扉を開き、誰もがアクセス可能な情報(アーカイブ)を用意することが求められる。オープンデザインプロセスにおいて、小さな範囲の中で職人が切磋琢磨していた時代とは異なり、広い範囲にわたるたくさんのつくり手が少しずつ更新、改変していく世界となるだろう。

事務所のこと、有松のこと

2015年の8月末から有松にて、事務所として古民家を間借りしている。有松駅から徒歩3分、旧東海道に面したとてもアクセスの良い場所だ。2014年に行った「誰のための有松絞り展」をきっかけに大家さんと知り合い、お話をし続ける中で期間限定で間借りさせていただいている。

期間限定というのも、先日発表された有松が名古屋市内初の伝建地区に選ばれたことが大きい。このエリアがどのような保存、あるいは利活用の計画が発表されるのかまだわからない。名古屋市の外れに位置する有松は名古屋市緑区に属する。住宅地として名古屋市最大の人口、2番目に大きな面積を持つこの区域は、家族を持つ人にとっては手頃な価格の住宅を市内で手に入れられることで知られている。有松でさえ2016年の今もミニ開発が進行している。

有松のに中央から東側は昔ながらの観光地である有松鳴海絞会館があり、小売り店や飲食店も軒を連ねているが、私のいる中央から西側は大きな商店など古い建物が残っているけれど、空き家と思しき建物もあり、人通りはあまり多くはなかった。私は街道の両サイドに古民家が並び、それを横切るよう名二環の借景が1番好きだ。ところが、ここ数年立て続けにカフェやゲストハウスがオープンし、西側に流れる人通りも増えてきた。まだ多く残る古民家に新たな事業主が入れば、もっと面白い場所になると思う。

しかし、一方で課題も残る。有松の町屋は商店の町屋で非常に間口も広く、奥行きもある。浴衣や着物といった繊維産業の街並みのため、古くて大きな倉間であり、小さな資本や身軽な体で借りるには建物も面積も大きすぎる。最低4組程度のグループとなって借りるには、現状の不動産の仕組みではどんなマッチングになるかわからず手を出しづらい。一方で、大きな資本を持つ企業が入って来ればいいが、それもまた日常を脅かす存在だと快く思わない住民がいるのもまた事実だ。

その時に期待されるのが、事業主のマッチングや施設のコンセプトを描く家守と呼ばれる存在だ。北九州の空き家利活用が元になって始まった家守舎は、まちづくりリノベーションスクールと称し、空き家の利活用が期待されるエリアに出向いては短期間のワークショップ型プロポーザルを行っている。そこで実際に空き家のオーナーに気に入られればそのまま事業化に向けて動き出すという、非常に熱量高い活動だ。オーナーは気に入った借り手に貸し出すことができ、事業主は事業開設リスクを下げることができ、地域の人は空き家に起因する事件事故リスクを下げることができる。今まで各地で展開している家守舎の活動だが、有松の空き家と比べると小さな面積の空き家の利活用を行っているように思えるため、事業主を多く集めなければいけない有松ではすぐに応用することは難しいかもしれない。しかし、町ビルのテナント貸し出しのように、小さなビジネスをきちんと回す能力がある事業主やリアルの場所だけでなくインターネットなども活用した事業主と組めばその可能性は広がるかもしれない。

伝建築はあくまでもこのエリアの未来を考える一帯に過ぎない。この場所で事務所を構えたはいいものの、本当に持続的な関わりを持ち続けることができるのか見通しは立たない。ただ、自分たちの働き方や暮らし方が少しでも面白くなるような関係と環境をどこまで築くことができるのか、挑戦してみたい。